
幻のニンジンと称されるゴボウのような形の万福寺人参が昨年末、約30年ぶりに売り出され評判を呼んでいる。
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今回、出荷したのは同区古沢の農業・井上清士さん。井上さんは、このニンジンを復活させようと麻生市民館の元職員らが中心となって1999年に発足した「万福寺人参友の会」の存在を知り、昨年初めて種を入手。畑の一部で1うねだけ試作、11月30日に同会が催した品評会に出品し「香り」賞に輝いた。
井上さんは柿生野菜生産者組合に入っており、12月20日と26日にセレサ川崎農協柿生支店駐車場にある同組合の即売所に1袋に数本ずつ入れて出荷、お正月用野菜として人気を集めた。井上さんは「初めて作り、消費者に受け入れてもらえるかどうかわからないので、コストは考えないで求めやすい価格をつけたが、すべて売り切れてほっとしている。あと1回ぐらい出荷できるが掘るのが大変」と、思わぬ人気に驚いている。
万福寺人参は、「万福寺鮮紅大長人参」と呼ばれ、ゴボウのように長く、ニンジン特有の香りや味が強いのが特徴。昭和20年代後半から30年代にかけて麻生区の万福寺、高石、百合丘(現)などで盛んに作られ、長さ60〜80センチに成長し、中心まで朱色をしている。昭和初期に万福寺周辺で作られた「滝野川人参(東京大長人参)」を、戦後になって色鮮やかで長いニンジンとして品種改良し、生産地の名前がつけられた。全国農林産物品評会で1954年から1958年にかけ5年連続で農林大臣賞(1位)を受賞したこともあって、全国から種の注文が殺到。1956年に「万福寺人参種取組合」が結成され、種を取るためのニンジンが栽培されたが、百合丘団地造成が始まった1960年代から作付け面積が次第に減少、1970年に組合は解散した。このころ都市化とともに短いニンジンが消費の中心になり、自家用として一部の農家で作る以外は、市場ではすっかり姿を消していた。
新住民が中心となって復活・普及活動を行う友の会の発足で、一部の農家がかつての特産品に注目。いまは麻生区内を中心に農家や日曜菜園愛好者約20数人がニンジンの生育を手がけているが、プロの農家にとってはまだテストの段階で作付け面積も少ないが、本格的な生産の実現にとって大きな一歩になるかもしれない。